人生を諦めない

Life
Rodolfo Pua

ここ最近、仕事でのトラブルだとか人事とかその他諸々で本当に疲れてしまいました。上司から叱責されたり、突然の部下の退職であったり、所属している団体の会長に任命されたり、今でも心配事の大きなウェイトを占める部下が起こした事故への対処であったり、それらのことを判断することや夜遅くまでストレスで卒倒しそうになりがらも自分なりに頑張ったつもりでした。

苦境に立たされた時、「自分がどう生きるか」、とか「この仕事を続けるべきなのか」、とか「本当に支えてくれる上司とか同僚とかの姿」が否応無く現れます。

私にとって一番つらかったのは、一目置いていた他部署の責任者が今までの態度を翻したこと、私を今の部署の責任者として任命した上司と言える人物が事故の対処に対して冷たい態度であしらったことでした。

私の部署で部下が起こした事故は私の責任でもあります。しかし、今回の事故は私にとっては大きすぎた、一人で対処するにはあまりに大きすぎた。どう対応すれば分からなかった。分からない、ということが早期に自分で自覚していれば上司に相談できたのかもしれません。しかし、分からない、ということさえ分からない状態でした。後から「こうすれば良かった」「こうすべきだった」と上司から叱責されても、その時点では本当に分からなかったのです。

ストレスが高じて眠れない日々が続きました。「このまま死んだ方がましじゃないか」と思い詰める事が多くなりました。家に帰っても何もする気になれず、食欲も湧きませんでした。子どもを相手にしてもそのような気力はなく、たまの休みも何をしても楽しめない状態でした。ただ「死んでしまおうか」という考えが始終頭の中にありました。

ただ死んでしまったら妻や子どもと二度と遭えなくなってしまう、これだけは避けたい事でした。この思いだけが私を支えてくれました。

ふとしたことで突然涙がこぼれたり、生きる気力、エネルギーが枯渇したような感じや、物事を考えようとしても上手く思考がまわらない、という本当にうつ状態(というかうつ病になってしまった)になり、朝仕事に行くのも僅かなエネルギーをやっと使ってなんとか職場にたどり着く、という感じでした。

・人生を諦めない
Sailing to Chicago
Reginald esque

うつ状態の日々が続きましたが、支えとなったのはやはり家族でした。妻や子どもにはあまり詳しい事は話しませんでしたが、なにか察するものがあったのでしょう。ある日、遅く帰ってきて、少しの夕食を済ませた私に、「パパ、明日も仕事頑張ってね・・・。今日言うの忘れてたから」と5歳の息子が声をかけてくれました。何も言えず、私は新聞を読む振りをしてただ涙をこらえるだけでした。

「妻や子どものためにも、そして自分のためにも人生を諦める訳にはいかない」

その後もストレスでヘルペスができたりしました。しかし、「人生を諦めない」という思いが、少しずつ本当に僅かずつですが、私に生きるエネルギーを充填してくれています。

雨の日ばかりではありません。きっと「あの時があったからこそ」と言える日が来る事を信じて、私は自分の人生を主体的に生きていこうと思っています。何の為に生きるのか、どういう生き方をしたいのか、自分にとって仕事とは何なのか、家族とは、を考え、「自分の人生を生きている実感」をもっと味わいたいと考えています。

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