小さなエゴを静かに見つめる。

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「小さなエゴを静かに見つめる」

この言葉を本の中で見つけた時、僕は沁み渡るような感動を受けた。そして「あぁ、この言葉こそが、今の僕には必要で、ずっと探し続けていた言葉なんだ」と思った。

「人生で起こること すべて良きこと」という本は珠玉の言葉に溢れている。

人生で起こること、すべてに深い意味がある

 

我々が、「成功」だけを目指して歩むかぎり、人生の出来事は、成功という「良きこと」と、失敗という「悪しきこと」に分かれてしまいます。そして、その失敗という「悪しきこと」に直面したとき、我々の心は挫けてしまいます。  しかし、「成功」とともに、「成長」を目指して歩むならば、人生の出来事は、それが、どれほどの「失敗」であっても、どれほどの「逆境」であっても、我々が、人生に「正対」する心の姿勢を失わないかぎり、必ず、それを「成長」に結びつけていくことができるのです。そして、そのことを通じて、「失敗」や「逆境」を、「良きこと」へと転じていくことができるのですね。

 

人生において、「成功」は約束されていない しかし 人生において、「成長」は約束されている

 

「逆境」とは 自分の可能性を引き出してくれる 素晴らしい「成長の機会」である

 

もし、心の中に、「何で、あいつが!」「あいつより、俺の方が優秀だ!」といった思いが浮かんで来たら、ただ静かに、「ああ、自分のエゴが、叫んでいるな……」と見つめることです。密かに「ほくそ笑む自分」が現れてきたら、「ああ、自分のエゴは、同僚の病気を、密かに喜んでいるな……」と、静かに見つめることです。

 

否定も、肯定もせず、批判も、賛同もせず、ただ静かに見つめることです。

 

自分を俯瞰する、ということはこういう状態のことを言うのだろう。自分の中の小さなエゴを静かに見つめる。見つめることで感情に囚われることがなくなる。

 

 

好きになれない人に対して、心の中で、その人の顔や姿を思い浮かべ、ただ、「有り難うございます」と唱える。それだけの技法です。好きになれない人に対しては 心の中で、その人の顔や姿を思い浮かべ ただ、「有り難うございます」と祈る それだけで、「嫌悪感」は薄らいでいく。

 

この行は、「誰も知らないところで、感謝をする」ということが要点ですね。そして、この行は、仮に、相手に対して「有り難い」と思えなくとも、まずは、心の中で、「○○さん、有り難うございます」と唱えるだけでよいのです。誰もいない場所であれば、口に出して語っても良い。それを続けていると、次第に「心」が「有り難い」という感覚を持ち始めます。そして、自然に「心」が強くなってきます。

修行、という言葉の意味を初めて知った。

”行を修める”

「正対」するとは、一つのことを、心に定めることです。 人生で起こること、すべてに深い意味がある  そのことを、心に定めることです。

絶好調に慢心していた、あの頃の私は、   挫折を、しなければならなかったのです。   あの挫折によって、   私は、多くのことを学びました」  このように、起こった出来事の「意味」が見えてくるのは、その出来事の「直後」とは限らないのですね。それなりの期間を経て、その「意味」が見えてくることもあります。  人生において挫折を体験し、悪戦苦闘をして道を歩み、挫折を乗り越え、その時代を振り返るとき、ふと、気がつくこともあるのです。

人生で起こること、すべてに深い意味がある 人生で出会う人、すべてに深い縁がある

 

起こった「不運な出来事」に対しては、「この出来事に感謝します。有り難うございます」と唱え、「不幸な出会い」に対しては、「この方との出会いに感謝します。有り難うございます」と唱えることです。  こう申し上げると、いかにも古めかしい「宗教的な儀式」や「宗教的な呪文」のように思われるかもしれませんが、私は、あくまでも、「乱れる心」を静めていくための「心理的な技法」、すなわち「こころの技法」として申し上げています。

今まで僕の心を苦しめていた「不運な出来事」。でもその出来事に感謝することで「乱れる心」を鎮めることができる。人生で起こることに正対すれば、すべてに深い意味があることを感謝を持って知ることができる。

人生を考える、貴重な一冊。

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