チェ、チェ、コリッ、チェッコリッサ!
チェ、チェ、コリッ、チェッコリッサ!
リサンサマンサ、オーマイ、チェチェ!
これはまじないでも呪いの言葉でもない。
僕が小学6年の時、春の歓迎遠足で歌わされた曲である。
単に歌わされただけではない。手に膝をつき、後ろを向いて尻を左右に振るのである。
チェ=尻を左に、
チェ=尻を右に、
コリッ=素早く尻を左右に振る。
6年2組、総勢33名、男子21名女子12名、が新1年生を前に奇妙な掛け声と同時に尻を左右に振るのである。
左右に振れる尻を見て、ある子は大いに喜び、ある子は恐怖におののき、ある子は愕然としていた。
尻を振っている僕らは、そんな新1年生を前に、恥ずかしさと担任の先生からの鞭を受けないためにも、必死になって尻を振らなければならない思いでない交ぜだった。
”これは夢なんだ。きっと夢だよ。だって今日は楽しい遠足なんだもの”
これというのも、担任のH先生のうっかりミスから、僕らは尻振りダンスを踊らなければならない羽目になってしまった。
歓迎遠足での出し物をクラスごとに考え、練習し、当日発表するということをH先生はすっかり忘れていたのである。
そして、遠足当日の朝になって、先生は僕らに詫びもせず、
「今日の歓迎遠足では各クラスごとで出し物をしなければならなくなった。
6年2組は今から先生が教えるダンスをやる。先生が今からやるから、お前たちはしっかりみておけ!一回しかやらないぞ!」
そう言って、H先生はおもむろに僕らに尻を向け、
「チェ、チェ、コリッ、チェッコリッサ! リサンサマンサ、オーマイ、チェチェ!」
と尻を左右に振って踊り出したのである。
教室の空気が一瞬で引き、クラスメイトみんなの顔が青ざめたのが、僕には痛いほどよくわかった。
”こ、これをぼくらが1年生の前で、いや、1年生から5年生の前でやらなければならないのか!?
僕らは最高学年の6年生だぞ”
そう思ったのもつかの間、次のH先生の言葉で一気に吹き飛ばされた。
「いいか、お前ら、今から全員、机を教室の後ろに下げろ!」
僕らは先生のご機嫌を少しでも、いやうっかり出し物をすることを忘れていた先生なんて、この世に存在しない、僕らのH先生はあの水谷豊の熱中先生に負けないくらい、熱くてレモンの香りがする先生なんだと自分に言い聞かせるように、台風の時の荒波のように、すぐさま机と椅子を教室の後ろに下げた。
「ヨシッ!まずは男子、全員前に出てこい!」
男子全員が2列に並ばされ、黒板を前にし、両手で両膝をつき、女の子に向けて尻をムキッと突き出した。
「オイ、多田!お前、尻がちゃんと出てないじゃないか!もっと尻を突き出せ!」
僕の隣にいた多田君の目は潤んでいた。
「よーし、先生がさっき歌った歌をよく覚えているよな?いいか、全員大声で歌って尻をしっかり振れよ。オイ、女子、尻がふれてない男子がいないか見ててくれよ」
「せーの!」学級委員の松本君の号令で僕たちは必死に尻を振った。
そして「チェ!チェ!コリッ!!」と声を振り絞った。
ちょっと気にかけている女の子から僕の尻を見られているなんて、とそんなことが一瞬頭をよぎったが、H先生から怒られたらもっと惨めな思いをする。そう考えて僕は必死に尻を振った。
隣の多田君も顔を歪めながら必死に尻を振っていた。
一連のダンスが終わると、「女子、男子を見てどうだ?尻が振れてない奴はいなかったか?」と先生が尋ねた。
女子たちはみな怯えていた。そんなこと言ったら今度は私が「尻が振れてない女」って言われてしまう!
僕にはそう見えた。
「み、みんなよくお尻が振れていました」学級副委員長の原田さんがそう答えた。頭のいい女子だ。今、原田さんはどこでどうしているだろうか。
「こんどは女子!しっかり練習するぞ!」
H先生は自分が失念していたことを違う情熱に変えていた。6年2組が一番印象に残る出し物をするんだ、と。
女子が並ばされ、男子に向けて尻を突き出した。
「せーの!チェ、チェ、コリッ!」
女子たちが尻を左右に振っている姿を見て、僕は吹き出しそうになったが、我慢した。
「オイ、男子、尻をきちんとふってない女子はいたか?」先生が尋ねた。
男子もしばらく沈黙していたが、石田君が「井上さんの尻がきちんと振れてなかったと思います!」と言った。怖いもの知らずだ。
「そうか。じゃ、井上。今度はお前一人でやってみろ」
「は、はい・・・」井上さんの顔が引きつっていた。
「チェ、チェ、コリッ」井上さんが必死に尻を振る。男子の真剣な眼差し。
井上さんの尻振りダンスが終わると、「今度はどうだった?きちんと振れていたか?」
「はい、きちんとふれていました」石田君が答えた。
「よーし!じゃあ、全員でもう一回練習するぞ!!」H先生は完全に燃えていた。
そうして僕ら6年2組は、現地での恥じらいを憂いつつも遠足に出発。
目的地の公園に到着し、いよいよ本番。
「次は6年2組の出し物です」生徒会長の声が公園内に響く。
6年2組総勢33名が3列になり、1年生から5年生がいる方向に一斉に尻を向けた途端、ざわめいた。
「せーの!!」練習の時より一段と大きい松本君の号令で、僕たちは一糸乱れず尻を左右に振り始めた。
「チェ、チェ、コリッ!チェッコリッサ!!リサンサマンサ!オーマイ、チェチェ!!」
1980年代初頭、僕の歓迎遠足の想ひ出。
*一部フィクションがありますが、事実に基づいた話です。
ちなみに、「チェ、チェ、コリッ」はyoutubeにもありました。
チェチェコリッ、はガーナ民謡とのことです。
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