technicsコンサイスが欲しかった。
「オーディオマニアというのは根絶した」、確か大滝詠一師匠が、山下達郎のラジオに出演した時に発した言葉だったと思う。10年くらい前の話だ。
その当時でもう「オーディオマニアは根絶した」という環境だったくらいなので、今はもうオーディオマニアというのはアンティークな趣味に類するのだろう。
僕が中学生の頃は煌めくばかりの「ステレオ」がたくさん存在していた。そしてそれらのオーディオメーカーがとてもカッコよかった。
ソニー、AIWA、AKAI、KENWOOD、Lo-D、SANYO、technics・・・。
全てがカッコ良かった。
しかし、田舎の中学生にステレオなんて買える金はない。当時のステレオは学生には手が届くような金額ではなく、ラジカセでも5万円程度が当たり前だった。ましてステレオとなると15万円くらいはザラにあった。
だけれども、どうしても欲しかった。本当に欲しかった。特にtechnicsのコンサイスが欲しかった。
フリオ・イグレシアスが歌ってCMしていた、technicsのコンサイスが欲しかった。
田舎の電気屋に行って、ステレオのカタログをもらってきては、毎日眺めていた。
親に「買ってくれ」なんて、なかなか言えなかった。
なにしろステレオなんて持ってる奴は「ろくな奴じゃない」と「そんなのは自分で働くようになって自分で買え!」と、僕がステレオに興味を持つ前から、何かを予言するように、父親は公言していたのだ。
それを知っていたから、言えるはずがなかった。毎日ステレオのカタログを見てはため息をついていた。周りの友達は「買ってもらった」と自慢し、カルチャークラブのLPを大音量で聴かせる。
うらやましかった。「いい音で俺もレコードを聴きたい」
今思えば、底知れぬ物欲はこの頃から溢れ出しており、高価なステレオを欲しがる子供に親は手を焼いていたと思う。
根負けしたのか、高校入学と同時に父親は僕にステレオを買ってくれた。コンサイスではなかったがtechnicsだ。毎日レコードやカセットで音楽を聴いた。FMラジオのエアチェックもした。毎週FMレコパルと週間FM、FMステーションを買って悦に入っていた。
オーディオマニアもFM雑誌も今はもう絶滅危惧種である。
PC一台あれば何もかも済む時代になった。
だけれどもオーディオマニアが輝いていた時代、音響メーカーのロゴが華々しく輝いていた時代、カセットのメタルがなかなか買えなかった時代、息子を喜ばせるために父親が苦労して汗水垂らして稼いだ金でステレオをかってくれた、あの時代。あの時代を僕は忘れない。
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